ヒトは、自分は意識を持つと考えている。この意識とは自己認識や主観的な経験を伴う意識(自己意識)のことである。そしてこの意識故に、宇宙の中では鴻毛のような存在にも関わらず、ヒトは自らを特別かつ有意な存在だと思い込んでいる。
意識を生み出す根本である神経細胞の原型は、約6億年前の海綿動物において出現した。最初期の神経細胞は短い突起を持つ細胞で、神経ペプチドや単純な神経伝達物質を利用して感覚細胞の情報を運動器官へ伝達していた。生命システムは、環境と自己との状態差の最小化(自由エネルギーの最小化)を目的とするという仮説がある。このシステムは、環境により良く適応するために生物が発達させたものである。
約5億年前のカンブリア紀には捕食生物が登場し、熾烈な生存競争が繰り広げられた。この競争は神経細胞の発達を加速し、脊索動物のナメクジウオなどで単純な脳が出現した。しかしナメクジウオの脳は数千個程度のニューロンしか持たず、感覚情報を受け取るが、せいぜい数種類の単純な運動行動を選択し制御できるだけである。それ故、ナメクジウオの脳には、自己認識や主観的な経験を伴う自己意識は存在しないと思われる。自己意識を生じるには前頭前皮質、頭頂葉、側頭葉、視床、海馬などの脳部位が発達する必要があり、進化上、この意識を持つ生物は魚類が最初と考えられている。ヒトの脳は数百万年をかけて発達し、700万年前に400cc未満であった脳容量は100万年前には1000ccを越え、現代のヒトでは約1400ccへ増加している。この過程で自己意識は高度に発達し、前頭葉等の発達により心の理論や社会的認知能力が向上した。
以下は仮説である。初期の脳の機能は感覚器官から得た情報に身体を対応させることに留まっていた。そのうちに記憶機能が発達し記憶と経験を利用するようになった。生物は視覚を主とする感覚器官を発達させ、その情報を基に脳は外部世界を推定し自らの内部にそれを再現するようになった。脳内部の世界はリアルの世界ではなく、生存のための仮想世界である。ヒトが認識している世界は、脳により作られた内部世界であり、リアルではなく幻想であるが、ヒトはこれを事実としての世界と思い込んでいる。「私」という自己意識についても同様である。生物にとって、生命維持(ホメオスタシス)の対象としての自己(身体)認識は発生当初の単細胞時代から存在している。そして脳の発達と共に、世界でより良く生きるために自己意識が生じ、その意識が内部へ向かう時に「私」という幻想も生れた。外部世界への適応のために、脳は世界と対峙する「私」という幻想を創り出したのである。すなわち、自己意識も「私」という存在も、生命が生存するためのツールにすぎない。端的に言うと、ヒトは、数十億年前に自由エネルギー最小化という法則の下で発生した構造体から進化した生物であり、自己意識を持ち自身が有意な存在であると信じているが、自己意識そのものが幻想の産物であり、ヒトは自身の身体と自己意識とそれが創り出す幻想とをもって宇宙の中に浮遊している存在に過ぎないと感じられる。
しかしながら、自己意識の正体が儚い幻想などではなく物理的実体であることを鑑みると事態は一変する。自己意識は脳内でニューロン群の発火が生み出す一種のエネルギー場である。言い換えると、自己意識は思考エネルギー場という物理的実体として存在し、それが紡ぎ出す創意は文化という形に結晶化し、外部世界を変化させる存在となる。同様に、自己意識が具象化された「私」も宇宙の中に実在している。人生は夢幻ではなく現実として存在する。それは幻などではなく、人体というウェットウエアが創り出す実在である。ヒトの魂は形而上的なものではなく、その身体に依拠する物理的実体である。「私」を脳神経系という身体の一部が創り出しているが故に「私」に来世など有るはずがなく、この世は仮の住処では決してない。ヒトはその身体が全てであり、その存在意味は、かつてサルトルが指摘したように「ヒト自らが創り出すべきもの」なのである。
ヒトは、自然界の事象の意味を考え、理解・利用することで生存競争を勝ち抜いてきた。世界の事象に意味を求める習性は、現代のヒトの遺伝子にも刻み込まれている。ヒトの探求は多様な領域に及び、「美」の探求は芸術を、「理」の探求は科学を生み出し、「知」の探求は思想へと発展した。思想や芸術はヒトに力を与え、新たな世界に向かう推進力の源である。それゆえに、どのような幻想(思想)を創り出せるかが次代に繋がる重要課題である。
ヒトにとって自らの存在意味は太古からの課題であり、宗教や哲学など、様々な研究と説明が試みられてきたが、その大部分は「我々は特別な存在」とする思い込みに基づいている。それらは、明らかになりつつある意識の正体を踏まえて再考する必要がある。「私」はニューロン群が織りなすエネルギー場であるという認識は、「私」という自己意識について、コペルニクス的転回とでも呼ぶべき逆転現象を生じる。「私」は神秘的な魂ではなく、身体が生み出すエネルギー的現象であり、「私」は抽象ではなく物理的実体を持つ具体物である。
現代のヒトは「自然選択による進化」の時代を過ぎ「私自身が選択する進化」という時代に突入している。言い換えれば、ヒトの進化の推進力は、「ダーウィン時代の自然(環境)」から「ヒト自身が創り出す文化」に置き換わったといえる。「私」は、身体というウェットウエアが生み出すもの以上でも以下でもなく、数十億年に亘る生物進化の流れが作り上げて来た構造の中で、あるべき未来を計画しその実現に取り組む存在である。現代は意識の転換点であり、ヒトにとって新時代が始まっているとも言えよう。
参考文献:
ロビン・ダンバー「人類進化の謎を解き明かす」インターシフト
トッド・E・ファインバーグ、ジョン・M・マラット「意識の進化的起源」勁草書房2021
アニル・セス「なぜ私は私であるのか」青土社2024
前野隆司「脳はなぜ心を作ったのか」筑摩書房2019
ジョン・C・エックルス「脳の進化」東京大学出版会1991
ウォルター・J・フリーマン「脳はいかにして心を創るのか」産業図書2017