地球の全生命は、およそ40億年前に海底熱水孔の周辺に発生した、LUCA[1]と呼ばれる共通祖先から発展したと考えられる。生物は、自己存続可能性の拡大という、生命の本質的な動機により、その形態を様々に変化させてきた。共通祖先から原核生物、真核生物を経て多細胞が生まれ、さらに無脊椎動物と脊椎動物に分化し、脊椎動物は魚類、両生類、爬虫類、哺乳類と進化した。哺乳類の中から、約700万年前のアフリカにヒトの祖先らしき生物、サヘラントロプス・チャデンシスが現れる。

ヒトの系列は進化を続け、約200万年前にホモ・エレクトスへ、数十万年前までに現生人類であるホモ・サピエンスへと進化した。ヒトは発生以来の動機である、自らの生存可能性最大化のため、集団化、世界の理解、道具の発明等、様々な取り組みを進めた。それらの活動成果は、ヒト集団の文化として蓄積・共有され、ヒトの発展の原動力となっている。

およそ10万年前、ヒトは生存動機から生じる自然の欲求に従い、アフリカから新天地を求めて旅を始めた。ヒトは短期間の内に地球上のほぼ全域へ進出した。21世紀の現代、新天地は地球上から消失し、次に新天地を求める先は地球の内側を除けば宇宙であろうが、そこは本格的進出へのハードルがまだ高い。地上を覆い尽くした後も新たなフロンティアを求め続けるヒトのエネルギーは、閉ざされた地球環境の中で逆巻き、自らの社会に高波を浴びせている。その結果、経済的格差と環境汚染が拡大し、ヒト社会内部には閉塞感が強まっている。ヒトという存在の輪郭は科学の発達により心身両面から明らかになりつつあるが、時代に適した在り方を明示できる段階には至っていない。そのためか、現代のヒトは確固とした方向性を持てず、当惑の中で徒にエネルギーを噴出しつつ迷走する状況に陥っている。不確定性が高まり未来への不安が増大する状況の下、ヒトとその発展の可能性を妨げつつある壁に突破口を穿つ方策が必要となっている。

生存本能から生み出される情感は感情へと発達し、数百万年間に亘るヒト属の進化の中で、食物の入手、危険生物の回避等の生存を賭けた活動を通じて得た経験が、生き延びるためのアルゴリズムに編纂されヒトのDNAに刻み込まれている。個体間、集団間の交渉を通じて選択されてきた利己的・利他的反応が生み出す様々な行動様式は、定式化されヒトの本性の中に凝縮している。数百万年前から続く進化の過程で、ヒトが絶え間なく遭遇する体験が生み出した生活様式の総体が、個体や集団内部で結晶化したものが文化であると考えるなら、ヒト文化はヒトの本性を反映していると言える。

現代の閉塞感が、変化する環境と従来文化に基づく生き様との齟齬から生まれているならば、その打破には環境に適応する新たな文化の創出が有効と思われる。新たな文化の創出にはヒト本性の理解が不可欠である。ヒトが自身の本性を理解するには困難が予測されるが、ヒトが成してきた歴史と文化の分析は、その主人公が何者であるかについての理解を与えると期待される。現代科学が示す知見と従来文化から抽出するヒト本性の理解に基づいて創出する新たな生存様式は、21世紀以降のヒトの発展に寄与すると期待したい。

文化が「良く在りたい」というヒト生来の願望を動機として発達してきたものならば、その本質は「良く生きる」というところにある。この観点から、ヒト文化研究の視点として下記に示す、1.生命、2.芸術、3.集団・社会、4.科学、の四つが浮かび上がる。

1.生命(生を維持する食、生命体としてのヒトの進化とその身体、生を駆動する意識)

2.芸術(音楽、絵画&彫刻、造形&デザイン)

3.社会(社会形態、経済活動、哲学、宗教、戦争)

4.科学(進化、宇宙、機械&道具、AI)


[1] ニック・レーン、生命、エネルギー、進化、みすず書房