ヒトの身体は、機能別に分類すると「器官系(システム)」という単位で整理される。これは複数の器官が連携して特定の生理機能を果たす構造であり、医学・生理学・解剖学の基本的な枠組みとなっている。
主要な器官系とその機能を体系的にまとめると、
1. 循環器系(Cardiovascular System) 
  構成:心臓、血管(動脈・静脈・毛細血管)、血液  
  機能:酸素・栄養素の運搬、老廃物の除去、体温調節、ホルモンの輸送  
2. 呼吸器系(Respiratory System)  
  構成:鼻腔、咽頭、喉頭、気管、気管支、肺  
  機能:酸素の取り込みと二酸化炭素の排出、音声の生成(喉頭)  
3. 消化器系(Digestive System)  
  構成:口腔、食道、胃、小腸、大腸、肝臓、膵臓、胆嚢  
  機能:食物の分解・吸収、栄養素の取り込み、不要物の排泄   
4. 内分泌系(Endocrine System)  
  構成:視床下部、下垂体、甲状腺、副甲状腺、副腎、膵臓、生殖腺(卵巣・精巣)  
  機能:ホルモン分泌による体内環境の調整(代謝、成長、性機能など)  
5. 神経系(Nervous System)  
   構成:脳、脊髄、末梢神経、自律神経  
  機能:情報処理、感覚・運動の制御、意識・記憶・感情の統合  
6. 免疫系(Immune System)  
  構成:白血球、リンパ節、脾臓、胸腺、骨髄  
  機能:病原体の認識と排除、自己と非自己の識別  
7. 泌尿器系(Urinary System)  
  構成:腎臓、尿管、膀胱、尿道  
  機能:血液のろ過、老廃物の排泄、水分・電解質の調整  
8. 生殖器系(Reproductive System)  
  構成: 男性:精巣、精管、前立腺、陰茎    女性:卵巣、卵管、子宮、膣  
  機能:生殖、ホルモン分泌、性差の形成  
9. 運動器系(Musculoskeletal System)  
  構成:骨、関節、筋肉、腱、靱帯  
  機能:身体の支持と運動、姿勢の維持、保護(脳・内臓)  
10. 感覚器系(Sensory System)  
  構成:眼、耳、鼻、舌、皮膚  
  機能:視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の受容と伝達

これらの器官系は、単独で機能するのではなく、神経系と内分泌系によって統合的に制御されており、まさに「動的なシステム」として機能している。これらは互いに連携しながら、身体の恒常性(ホメオスタシス)を維持し、環境の変化に応じて体の反応を調整している。
1. 神経系による即時制御  (中枢神経系、末梢神経系)
 中枢神経系(脳・脊髄)は感覚情報の統合、運動指令の発信、高次機能(記憶、思考、感情、意識など)の統合的制御を行う。末梢神経系は随意運動や感覚伝達を担う体性神経と、心拍数・血圧・呼吸・消化・排泄などを意識せずに調整する自律神経に分かれる。自律神経には、ストレス時に活性化する交感神経と、安静時に活性化する副交感神経がある。自律神経系は、心拍数、血圧、呼吸、消化、排泄などを意識せずに調整する。最新の研究では、自律神経(特に交感神経)が臓器ごとに異なるサブタイプで制御されていることが明らかになっており、全身一律の指令ではないことが示唆されている。神経系は電気信号による高速な情報伝達を特徴とし、ミリ秒単位で反応を制御する。
2. 内分泌系による長期的・広域制御  
 内分泌系はホルモンを分泌し、血液を介して全身に作用することで、血糖調整やストレス応答などに関わり、数分から数時間単位で持続的かつ長期的・広域的な調整を行う。例えば下垂体は成長ホルモンなどを分泌して他の腺を制御し、甲状腺は代謝を調整するチロキシンを、副腎はストレス応答に関与するコルチゾールやアドレナリンを分泌する。膵臓はインスリンとグルカゴンで血糖値を調整し、性腺は性ホルモンで生殖機能を調整する。
3.  神経系と内分泌系の連携
 神経内分泌系と視床下部が両者の橋渡し役を担い、神経刺激に応じてホルモン分泌を調整する。ストレス時に視床下部が活性化すると、下垂体、副腎皮質を介してコルチゾールが分泌されるHPA軸(視床下部-下垂体-副腎皮質系)が活性化する例が挙げられる。生命維持中枢(脳幹・視床下部)のうち、脳幹は呼吸・心拍・血圧などの基本的な生命機能を制御し、視床下部は体温・摂食・水分・概日リズムなどを調整する、自律神経系と内分泌系のハブ的な存在である。  
 これらのシステムは、意識がなくても生命を維持するための「バックグラウンド制御装置」のように機能している。例えば、睡眠中には副交感神経が優位になり、免疫細胞の活動が活性化し、成長ホルモンの分泌が増加することで、免疫系の回復・修復・記憶形成が促進される。このように、ヒトの体は多様な器官系が精緻に連携し、神経系と内分泌系による統合的な制御のもと、動的なバランスを保ちながら生命活動を維持している。

ヒトの身体進化
 ヒトの身体は、長大な進化の過程を経て、特定の生存環境に最適化されてきた。しかし現代の生活習慣は、この進化的な適応から大きく逸脱しており、これが「文明病」と呼ばれるさまざまな健康問題を引き起こす根本原因であると考えられている。
ヒトの身体の進化的な背景  
 ヒトの身体は「器官系(システム)」という単位で整理されるが、これらの器官系は、生命の誕生から段階的かつ相互に連関しながら発達してきた。
1. 原初の生命維持系(消化・代謝・排出)
 単細胞生物において、栄養摂取と老廃物排出は最も基本的な機能であり、最も初期に進化した。その後、多細胞動物で腸管や腎臓が形成され、代謝・排出は常にセットで進化し、エネルギー効率の向上に寄与した。
2. 呼吸器系と循環器系の連携進化
 水中のガス交換(鰓)から空気呼吸(肺)への適応(約4億年前)に伴い、酸素・栄養の全身輸送のために心臓・血管が発達し、呼吸と循環は酸素供給ネットワークとして共進化した。
3. 神経系と感覚器系の統合進化
 刺胞動物(クラゲなど)に見られる神経網(約6億年前)から、脳・脊髄の集中化(セファリゼーション)が進み、眼・耳・鼻などの特化した感覚器が神経系の「入力装置」として進化し、環境認識と行動制御を担った。
4.  運動器系の発達と神経制御
 筋肉による収縮運動に始まり、脊椎動物における骨格の獲得によって身体の支持と運動が効率化された。神経系と運動器系は、感覚→判断→運動というフィードバックループを形成しながら発展してきた。
5. 内分泌系の出現と神経との連携
 ホルモン様物質による細胞間コミュニケーションから、視床下部と下垂体による神経-内分泌統合が進み、成長・代謝・性機能の調整を担うようになった。神経系は即時反応、内分泌系は長期調整という役割分担を持っている。
6. 免疫系の進化と恒常性維持
 細胞レベルの自己・非自己識別(原始的免疫)から、自然免疫(マクロファージなど)を経て、脊椎動物に特有の獲得免疫(T細胞・B細胞)が進化した。免疫系は循環系・内分泌系・神経系と密接に連携し、恒常性を維持している。
7.  生殖器系の分化とホルモン制御
 無性生殖から有性生殖への移行により、性腺が分化し、性ホルモンが発達・行動を調整するようになった。
これらの機能が備わった「解剖学的現代人(Anatomically Modern Humans)」の骨格は、約30万年前のホモ・サピエンスの出現時にほぼ完成していた。脳容量も現代人と同等で、二足歩行、道具や言語の使用に加え、約5万年前には、抽象思考、芸術、宗教、埋葬などの「行動的現代人(Behaviorally Modern Humans)」らしい行動様式が確立されていたと思われる。しかし、約1万2000年前の農耕革命を境に、ヒトの身体には大きな変化が生じた。狩猟採集生活から定住生活への移行により、骨密度の低下、筋肉量の減少、食生活の変化による代謝系の適応(乳糖耐性など)が見られるようになった。身体は今も進化の途上にあり、平均体温の低下や骨の脆弱化などが進行している。

現代人の生活習慣と身体のミスマッチという問題点
 「文明病」の本質は、ヒトの身体が進化的に最適化された「狩猟採集生活」環境と、現代の生活様式との間に生じた大きなミスマッチにある。ヒトの身体は「動くこと」「自然な食材を摂取すること」「自然なリズムで眠ること」「短期的なストレスに対応すること」「密接な社会関係を持つこと」を前提に設計されてきたが、現代ではその前提が崩れている。
主要なミスマッチを以下に挙げる、
1.運動量と身体活動
 進化的に適した生活は、毎日数時間の歩行、走行、狩猟、採集など全身を使った高頻度な活動であるが、現代の生活は、座りっぱなし、車や電車での移動が主で、運動不足が顕著である。筋骨格系は「動くこと」を前提に設計されており不活動はその退化と不調に向かう。そして、肥満、糖尿病、心血管疾患、骨粗鬆症などの病気を招くことになる。
2.食生活と栄養摂取
 本来の食生活は、季節・地域に応じた多様な自然食材(果実、根菜、獣肉)が中心で、食事は不定期であり空腹時間があった。一方で、現代の生活では、加工食品、精製糖、過剰な脂質・塩分の摂取が常時可能で、かつ食事が高頻度である。ヒトの代謝系は「飢餓と運動」を前提に構築されており、飽食と座位は代謝疾患の温床となる。そしてメタボリックシンドローム、糖尿病、腸内環境の悪化、アレルギーや自己免疫疾患のリスク上昇などの問題が挙げられる。
3.睡眠と概日リズム
 ヒトは、日没とともに就寝し自然光で起床する、自然なメラトニン分泌によるリズムに基づいた生活で進化してきた。現代の人工光、夜更かし、ブルーライトに曝露される生活では、ホルモン分泌が乱れがちになる。睡眠は免疫・代謝・認知機能に直結しているため、現代の光環境は生理的リズムを破壊する。その結果、不眠、自律神経失調、免疫機能の低下が生じる。
4.ストレスと神経系
 ヒトは捕食者からの逃走など、短期的で明確なストレスに対応して神経系を発達させた。しかし現代のヒトは、仕事、情報過多、人間関係など慢性的で持続的なストレスにさらされている。そのため「短期的な危機対応」に最適化されたヒトの神経系は、慢性ストレスにより不調を来し、免疫、消化、睡眠が破壊されてしまう。その結果、うつ、疲労、免疫低下、自律神経系の乱れが起こっている。
5.社会的つながりと精神的安定
 ヒトは小規模な共同体での密接な交流の下で進化してきた。社会的つながりはオキシトシン分泌やストレス緩和に不可欠である。現代の都市的孤立、SNS中心の関係性など、直接的なコミュニケーションの機会が減少した孤立した生活は不安、精神疾患を招く。
 また、都市生活では「清潔すぎる環境」によって免疫系が病原体にさらされる機会が減り、過剰反応(アレルギー)や自己免疫疾患を起こしやすくなるという衛生仮説も提唱されている。これは、免疫系の「訓練不足」とも言える状況である。

「文明病」解決に向けた取り組み
 ヒトの身体を「十全に保つ」ためには、進化的に適応してきた生理構造と、現代の生活環境とのギャップを理解し、それを埋めるような生活習慣を意識することが重要である。そのための指針を以下に示す。
1. 身体活動の確保と座位時間の削減
 週150分以上の中強度有酸素運動に加え、週2回の筋力トレーニングが推奨される。座位時間の削減には、1時間に1回は立ち上がる、歩く、ストレッチするなどが有効である。運動だけでなく生活全体で活動量が多いことが健康上効果的であるため、普段の生活でも活動的に過ごし、座りっぱなしの時間を減らすことが重要となる。
2. 食生活の質とタイミングの最適化
 高繊維、低糖質、高タンパクの自然食を中心に摂取する。また、食事間隔を空ける「時間制限食」なども有効。腸内環境を整えるためには、発酵食品やプレバイオティクスの摂取が推奨される。
3.睡眠の質と概日リズムの維持
  就寝前のブルーライトを避け、起床後に自然光を浴びることで体内時計を調整し、7~8時間の質の高い睡眠を確保する。
4.ストレス管理と神経系の安定化
 呼吸法、瞑想、自然との接触などを取り入れ、社会的つながりを維持し情報過多を制限する(デジタルデトックスなど)。
5. 免疫系の健全な刺激と過敏化の回避
 過度な清潔志向を避け、適度に自然環境に触れることで免疫系が多様な微生物に接する機会を増やす。また多様な食材を摂取し、腸内細菌叢の多様性を維持する。
6. 加齢に伴う変化への対応
 筋力トレーニングとバランス運動を継続する。ビタミンD、カルシウム、タンパク質を適切に摂取する。
7. テクノロジーとの共生と身体性の維持
 テクノロジーが進化する中で、意識的に歩く、触れる、感じるなど、身体性を確保し身体の主導性を保つ。
8. 認知機能と感覚器の保全
 読書、対話、創造的活動によって脳を刺激ながら、多感覚的な生活環境を構築する。
9. 個体差とパーソナライズド・ヘルスケア
 遺伝、性別、生活歴による個体差を考慮し、自分に合った運動、食事、睡眠スタイルを確立する。また、医療、AI、ウェアラブルデバイスを活用して自己モニタリングを行う。
10. 環境との相互作用とエピジェネティクス
 環境因子(気候、汚染、社会構造)が遺伝子発現に影響を与えることを理解し、有害物質の回避し自然との接触を増やす。
これらの取り組みは、ヒトの身体が進化的に適応してきた構造と、現代環境とのギャップを埋めるための不可欠な生活設計と言える。また健康増進のためには、運動だけでなく、食事、休養に加え、生き甲斐などの精神面での充実感を得ることも重要である。